加減を知らない女だから
新型コロナウイルスで実習がなくなってしまったこのごろ、わたしがひさしぶりに感じたものは、満腹感だった。
朝ごはんを食べても、昼ごはんを食べても、夜ごはんを食べても、ある閾値を超えると満腹感が生じる。
きょうのおやつは、なんだかチョコ一個で満足なような気がする。
そんな感覚を数年ぶりに味わい、嬉しくてしょうがなくて、
「わたくし、今、満腹でございまーーーーす!!!!!!!」
と叫び出したいほどだった。
きょうは、どうしてわたしが満腹感を置き忘れてきてしまったのか、ちょっと考えてみたい。
うまれて初めて満腹感を消失したのは、大学に入学して1年目、ほやほやの新入生のときだったと思う。
新歓で違う部活に行くたびに、知らない先輩と出会う毎日。
やさしくしてくれる姿があまりにもまぶしくて、それに呼応してどんどんきらきらしていく周りの同級生もまぶしすぎて、
「あ、陰になっている。」
と思った。
なにかを間違えて、かがやきの強い方向ばかりに進み、そのたびに翳った。
もう無理、ボウリング、かっこいい先輩、バーベキュー、コミュニケーション能力の異常に高い同級生、アスレチック、可愛いマネージャー、イチゴ狩り…
わたしのようなダークサイドの人間には無理だ……南無三…
と思いつつも、なぜか断れない、かがやきを捨てきれない卑怯な自分。
そんな矛盾を埋めてくれたのが、カロリーだった。
新しい人間と出会うたびに、無理して爽やかなイベントに参加するたびに、食べ物を無心で口に突っ込んだ。
初対面の関係を上手く構築できないという事実に向き合いたくなくて、顔を背けて、ひたすらに食べまくった。
あとは、有り余ったカロリーが背中を押してくれる感覚が、なんとかわたしを社会へと適応させていた。そのうち満腹感がなくなって、いくらでもカロリーを摂取できるようになって、上手いこといったような気になっていた。
次の年もその次の年も新歓は開催され、今度は先輩として毎日新しい人間に接しなければならないという重圧がのしかかった。毎年、死にそうになった。
結局わたしはほとんど後輩と喋らずやり過ごし、車出し以外の側面でいっさいの役に立たなかった。むしろ、あまりのストレスで自宅に保管してあった新歓用のお菓子を隠れて食べるなど、信じられない回避行動をとっていた(そのあと罪悪感で泣いた)。
部活を引退したら、今度は実習が始まった。
毎月毎月実習科が変わって、そのたび新しい環境、新しい先生、新しい患者さん…
やっとこさ慣れるたび、新天地開拓を迫られる。
もう、腹が減って仕方がなかった。
朝ごはんをたらふく食べても、病院に着いた瞬間空腹で倒れそうだった。お腹が空くのは怖くて、たくさんたくさん食べるけれども、決して満腹にはならなかった。
わたしは、この四年間で、人間一人分の適切な食事量がどのくらいか、まったく分からなくなってしまった。
友達や彼氏の前では、同じくらいもしくはちょっと少なめの量でお腹いっぱいになったことにしていた。
そして、足りなかったら帰宅後にコンビニに走って、なんでもいいから色々口に突っ込んでいた。
こんな酷い習慣でももう自分のなかでは当たり前になっていたし、これからもこうやってやり過ごしていくのだろうと思っていた。初めて会う人間1人、爽やかなイベント参加1回ごとに、+100キロカロリーで落とし前をつけようと。
それなのに、たった1ヶ月実家に帰っただけで治ってしまった。
ついでに、わたしをバケモノたらしめていたのは紛れもなく大学生活だとも、わかってしまった。
戻りたくない、というのが正直な感想である。
過食に勤しむ醜悪な自分が、だいきらいだ。
あんな姿に戻るくらいなら、もう大学なんて行きたくない、一生実家で暮らすんだ!アアアアア!
でも結局のところ、わたしは、ここまできてもう後にはひけないことをわかっている。実習しなければいけない。大学は卒業しなければならない。医者にならなければならない。
そのたび、まわりに新しい人間がふえて、適応してゆく運命だ。逃げられないのだ。やめられないのだ。
どんどんどんどん無尽蔵に増殖する新たな人々をクリアクリアクリア、HP補給補給補給の連続が、今のところのわたしの人生で、きっとこれからもそんなかんじだ。クリアと補給、し続けますか?
ノーを選択すれば、職を失い、あわや餓死してしまうかもしれない。
まぁ、こんなわたしが餓死するなんて、それはそれで面白いか。
いっぱい食べたりまったく食べられなかったり、食欲に翻弄される人生…。悪くないだろう( ´_ゝ`)
なんてね。わたしは度胸なしのつまらない人間だから、イエスを選択するはずだ。なんでこんな、よりによってサービス業に従事してるんだ、と文句を垂れつつ頑張って働くなんて、うざったくて気持ち悪いけれどちょっと健気かもしれない。がんばれ!
まぁそんなときはまた食べ物のお世話になるのだろう。よろしく、ファミリーパックお菓子たちよ。